こんにちは。地域情報発信ライターの FUNE です。
今回は、長野県・喬木村に受け継がれる伝統的な和傘「阿島傘(あじまがさ)」を取材しました。阿島傘は2024年、長野県の伝統的工芸品に指定された、じつはすごい傘。飯田・下伊那のイベントでも見かける機会が増えてきました。
「どんな歴史をもつ傘なのか?」
「現代の私たちは阿島傘とどう関わっていけるのか?」
その2つを探るべく、喬木村を訪ねました。
喬木村の旧北保育園にある資料展示施設を見学し、さらに阿島傘の若手職人で、喬木村役場 企画財政課 集落支援員の今村心春(いまむら こはる)さんにもお話を伺いながら、阿島傘の世界に触れてきました。
■ 阿島傘とは? 下伊那郡・喬木村で300年以上続く和傘づくり
阿島傘は、喬木村阿島地区で作られる和傘のひとつ。歴史は江戸中期の1700年代まで遡ることができるといいます。
イベントなどで色鮮やかな阿島傘を見たことがある方も多いかもしれませんが、実は最盛期の阿島傘は 白一色(正確には油を引くため生成り) の番傘が中心でした。
この白い番傘が田んぼ一面ならぶ風景が、昭和初期のころまでは村の日常だったそうです。
和傘を作る地域は、喬木村のほか岐阜・京都・金沢など全国にいくつか残っていますが、多くの生産地は途絶えてしまっているのが現状。現在も継続して和傘が製作されている地域はごくわずかで、喬木村は 全国的にもたいへん希少な産地 です。

■ 阿島傘に伝わる2つの起源伝説
阿島傘の起源には、主に2つの説が伝わっています。
① 京都の旅の傘職人が技を授けた説
1737年、京都の傘職人が浪合の関所近くで腹痛により倒れ、村人に手厚く介抱された。その“恩返し”として傘づくりの技を伝えた――という、民話のような温かい起源譚。
② 木地師が岐阜の傘職人に学んだ説
喬木村の木地師(きじし/木工職人)が岐阜県新町の傘職人のもとで技を習い、農閑期の副業として傘づくりを始めた――という、より現実的な技術移転の説。
・ “京都”と“岐阜”という二大和傘産地につながる不思議
どちらの説にしても、喬木村の人々が和傘の主要産地である京都・岐阜の職人から技を学んだという点は共通なのが面白いですね。もしかしたら、どちらの説も本当なのかも、と想像したり。
傘づくりに打ち込む喬木村の人たちが貪欲に各地の傘づくりの技術を吸収し、技を高めていった…この2つの逸話からはそんな痕跡が伺えるのかもしれません。

■ 阿島傘は「番傘」中心の産地だった
阿島傘は、庶民が日常で使う“番傘”が中心の産地として発展しました。
刺繍糸が巻かれ、装飾を施した蛇の目傘とは異なり、番傘は「暮らしのためにある傘」という実用品としての性格が色濃く残っています。
・地域ごとに異なる、番傘のシルエット
番傘は一見どれも同じに見えますが、実は気候に応じて骨の反りが異なります。
雪が多い金沢、雨が多い愛媛、その中間に位置する阿島では骨の反りや作業工程などが異なるそうで、こういった暮らしに寄り添う違いこそが、阿島傘の静かな存在感をつくっています。

■ 喬木村の人々の生活に根ざした、阿島傘の営み
阿島傘は、かつて農閑期の冬に家族総出でつくる“季節の仕事”でした。
明治時代末期には年間三十万本もの阿島傘が生産され、村には160軒以上の傘店が軒を連ねていたといいます。
喬木村の公式HPには、当時を知る方々のお話もたくさん掲載されています。興味のある方は、ぜひそちらも覗いてみてください。

■喬木村における現在の阿島傘
最盛期に比べると、現在の生産規模はごくわずか。一時は、阿島傘を製作する販売店が菅沼商店の1軒だけになってしまった、という時代もあったそうです。
それでも、菅沼商店、阿島傘の会、村役場、歴代の地域おこし協力隊の方々などの尽力により、喬木村では傘づくりの技が受け継がれ、丁寧な製作が続けられています。
また、村ぐるみで後継者育成や文化継承にも力を入れており、体験講座やイベントも定期的に開催されています。現在、阿島傘にふれることができる場所は主に次の4か所です。
旧北保育園(若手職人の作業場を兼ねる)
阿島傘資料館(阿島傘保存会)
阿島傘 一凛(展示・販売・レンタルなど)
菅沼商店(販売)
それぞれの施設で見られるものや体験できる内容が異なるため、ここからは各施設の特徴を簡潔にまとめていきます。

① 旧北保育園(若手職人さんの作業場⁺資料展示施設)
元保育園だった場所をそのまま活かした阿島傘の制作現場。若手職人の今村さんが毎日ここで傘づくりをされています。ここでは元保育園らしいほのぼのとした空気感と一緒に、阿島傘の本格的な製作工程を見ることができます。豊富な資料展示が行われているほか、イベント会場になることも。
【ここでできること】
【事前申し込み必須】ワークショップやイベントでの製作体験
パネル資料・阿島傘などの観覧
村民役1,000人の手形で彩られた巨大阿島傘の観覧
喬木村の子供たちが制作した和傘の観覧
とくに、かつては日本一の大きさを誇った巨大阿島傘は必見です。
【旧北保育園】
※Googleマップ上では施設名:喬木村立喬木北保育園
住所:長野県下伊那郡喬木村阿島3262(茶室・曙月庵、阿島陣屋跡の近く)
駐車場:あり(園庭に駐車可能)
電話番号:0265-33-5126(喬木村産業振興課 商工観光係)
訪問可能時間:9:00~17:00が目安



② 阿島傘伝承館・資料館(歴史系の展示豊富)
旧北保育園から車で2分、徒歩7分の場所にあり、阿島傘の背景や歴史をしっかり理解したい人におすすめの場所。
昔の生活風景や、傘がどのように村の産業を支えていたのかが分かる資料が並びます。
【ここで見られるもの(事前予約必須)】
阿島傘
阿島傘の歴史資料(江戸〜昭和)
製作用具の展示
傘づくりが暮らしに根づいていた時代の記録
昭和初期の村の写真
産業としての阿島傘の歩み
上記のように、さまざまな展示が見られるほか、阿島傘の会の方々による解説も聞ける場所です。また、阿島傘が「年間30万本」も作られた時代のイメージが掴めるスポット。
【阿島傘伝承館・資料館】
住所:長野県下伊那郡喬木村阿島765-1
※Googleマップ
駐車場:あり
電話番号:0265-33-5126(喬木村産業振興課 商工観光係)
訪問可能時間:9:00~17:00が目安



③ 阿島傘一凛(あじまがさいちりん)(通信販売・レンタル)
通販のみのショップ。菅沼商店で技術を学んだ職人さんが一つ一つ手掛ける阿島傘を購入・レンタルすることができます。昔ながらの番傘だけでなく、色鮮やかな現代的デザインの阿島傘も豊富です。
特筆すべきは レンタルが可能 な点。撮影やイベントで使いたいというときにも便利です。
また、ホームページではオーダーメイド和傘のシミュレーションも可能。ホームページには阿島傘についての情報が丁寧にまとまっており、初めての人にもわかりやすい内容になっています。
【ここでできること】
阿島傘購入(カラフルな阿島傘も多数)
レンタル(撮影・イベント用)
“モダンでカラフルな阿島傘を手にしたい・撮影で使いたい”という人に最適です。
【阿島傘一凛】
住所:〒395-1100 長野県下伊那郡喬木村阿島2209−2
電話番号:0265-48-6832

④菅沼商店喬
木村の阿島傘を知る上で欠かせない存在のこちらでは、現在は受注販売と、良質な長野県の特産品&ギフトを販売するNAGANOマルシェ販売用の製作を行っています。江戸時代から六代続く老舗で、地域の中核を担ってきた歴史ある販売店です。
【ここでできること(事前予約必須)】
阿島傘の購入(番傘中心)
修理相談(要確認)
菅沼商店の歴史ポイント
江戸後期(文政)に阿島地区の藤八によって創業
六代続いた伝統工房
番傘だけでなく舞踊傘・蛇の目傘など多様な傘を製造してきた
昭和58年に全国伝統的工芸品産業振興会より功労賞受賞
昭和61年、五代目が県知事表彰
「知久町の殿様も愛用した」との記録も
現在は六代目・中村八代子さんが技を継承
“阿島傘の正統派”に出会いたい人はここがおすすめです。
【菅沼商店】
住所:〒395-1100 長野県下伊那郡喬木村阿島526-1
電話番号:0265-33-2766



・おすすめの訪問ポイント
阿島傘に触れたいなら、まずは喬木村産業振興課 商工観光係(0265-33-5126)に電話問い合わせをするのがおすすめ。 訪問したい日・時間帯・目的を伝えて、効率よく阿島傘ポイントを巡りましょう。
■旧北保育園で活動中の職人・今村さんってどんな方?
現在、旧北保育園の施設で制作に取り組むのが、20代の若手職人・今村心春さんです。阿島傘との出会いは偶然だったそうですが、その美しさにふれ、「自分の手でつくってみたい」と阿島傘づくりを始めたのだそうです。

いまでは、雨の日にさす傘はほとんど阿島傘だけ。
今村さんは、「雨の日、阿島傘を見上げる景色が好きなんです。」と穏やかに語ってくれました。阿島傘の魅力を知る人だけが語ることのできる言葉…少しうらやましく感じました。

伝統工芸の継承には手間も時間もかかりますが、今村さんの佇まいからは「大変さ」よりも、“美しいものを、そのまま未来に渡したい”という静かな決意が感じられました。気負わず、淡々と、でも確かに。そんな姿勢に触れていると、こちらまで背筋が伸びるような時間でした。

■阿島傘デザインコンテスト第2弾 開催中(~2026年1月20日)
喬木村では現在、「阿島傘デザインコンテスト」の第2弾を開催中。子どもから大人まで応募でき、前回は海外からの応募も集まるなど大きな反響があったそうですよ。興味のある方はぜひ応募してみてください!
最優秀賞:和傘(番傘)/入賞10名:ミニ傘飾り
応募用紙は村内施設や役場から入手でき、デジタル提出も可能。
※こちらからも応募可能です。
締切は 2026年1月20日(火)必着。結果は2026年2月の「情報誌たかぎ」で発表されます。※情報誌たかぎは村内の施設や喬木村役場公式HPで配布。)
詳細・応募用紙の取得は喬木村役場HPをご覧ください。


■まとめ
岐阜という一大産地にほど近い喬木村で、かつて年間30万本もの阿島傘が作られていたという事実には、改めて驚かされます。
当時、名古屋などの街では、どのような雨景色が広がっていたのでしょうか…もしかすると、岐阜の和傘をしのぐ勢いで、喬木村の白い番傘が街に花開いていたのかもしれませんね。想像するだけでも心が躍ります。
阿島傘の物語をたどると、手仕事の文化が“地方から静かに花開く瞬間”が浮かび上がってくるようです。
身近な道具からたどる歴史を感じたくなったら、阿島傘を手に取り、雨の日の景色をゆっくり眺めてみるのもよいかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これからも飯田市・下伊那郡・上伊那郡の魅力を、少しずつ発信していきます。よろしければ、FUNEのプロフィールからフォローしていただけたらうれしいです。
※この記事の内容は 2025年12月時点 の情報です。営業時間やメニューなどは変更となる場合があります。








