こんにちは。地域情報発信ライターのFUNEです。
今回は、酒席がぐっと増える年末年始を機に、南信州で唯一の酒蔵「喜久水酒造」を訪ねました。昨年、創業80年を迎えた喜久水酒造は、南信州の暮らしとともに歩み続けてきた酒蔵です。
この記事では、
「喜久水は辛口」と語られるわけ
飯田焼肉と日本酒が実は相性抜群な理由
飲み比べるなら外せない喜久水社員さんおすすめ3銘柄
新ブランド「㐂久水」の誕生背景
喜久水酒造の創業物語と飯田の酒文化
など、南信州ならではの酒文化を考察し、歴史をひもときながら、喜久水酒造の“今”を紹介していきたいと思います。

■ 喜久水の酒は全部辛口!と飯田の衆は語る
――数値で見ると、実は“超辛口”ではない
飯田の飲み手は、口を揃えてこう言うといいます。
「喜久水の酒は全部、辛口!」
これについては社員さんも興味深く語ってくれました。実際には、日本酒度(日本酒の甘さ・辛さの目安となる比重。数値が高いほど辛口。)で見ると喜久水の辛口のお酒でも+8前後。
一般的に“超辛口”と呼ばれるのは +11〜+16程度とされているため、数字だけ見れば、喜久水の日本酒はそこまで辛口ではないということですね。
(ちなみに、喜久水の「辛口」を冠していない酒は、日本酒度+2~+6前後のものが多いそうです。補足ですが、一般的に甘口とされる日本酒は日本酒度-1~-3程度に分布しています。)
では、なぜ飯田の人は 喜久水=辛口と感じるのでしょうか ?鍵は、後口(あとくち)のすっきり感にありそう。
■喜久水の味の秘密
――超軟水で仕込む酒
喜久水の酒にはさまざまな種類がありますが、共通して感じられるのは、すっきりとした口あたりと、立ち上がるような芳醇な香り。飲み込んだあとは、余韻がふわっと“消える”ように引いていきます。
喜久水の酒は、日本酒度だけを見ると極端な辛口ではありません。それでも「辛口」と感じられる理由のひとつは、猿庫の泉と同水系の超軟水を使って仕込まれているという点。
雑味が出にくく、旨みが後を引かない水は、飲み込んだあとに甘さや重さを残さず、体感として“すっきり・キレがある”印象を生むといいます。数値ではなく、後口の感覚が辛口をつくっている点が、喜久水の酒の特徴だといえそうです。

■喜久水の酒を支える「中央アルプス山系の伏流水」
――硬度が低い特徴的な水
喜久水酒造の酒造りを語るうえで欠かせないのが、猿庫の泉の水と同系統の中央アルプス山系の花崗岩層を通って湧き出す伏流水。硬度が非常に低いため、雑味が出にくく、米の旨みを素直に引き出す性質を持っています。
(※猿庫の泉の水を使っている酒は「純米吟醸猿庫の泉」のみ)
喜久水の酒が「口当たりはやわらかいのに、後口がすっと切れる」と言われる理由は、この水の性格とも深く結びついているのです。
■なぜ喜久水は辛口の酒をつくるのか?
――南信州の食文化とのマリアージュ
軟水仕込みといえば、伏見の“女酒”のような、やさしく甘い酒を思い浮かべる人もいるかもしれません。
しかし、県内有数の軟水を持つ土地でありながら、喜久水が甘口ではなく、あえて“辛口”と感じられる酒を造ってきたのは、なぜなのでしょうか?
この理由は南信州の食文化にも関係がありそう。
軟水のやさしさを、甘みに振り切るのではなく、後口をすっと感じさせる方向に使う。それは、飯田の食とともに飲まれる酒として、磨かれてきた選択だったのかもしれません。

■ 脂を流す“喜久水のすっきり後口”が焼肉と合う
――飯田焼肉×熱燗の妙
焼肉にはビール!
これはもはや、一般常識のひとつ、と言っても過言ではありませんよね。ところが飯田では、「焼肉には喜久水の熱燗が合う」という声が自然に聞こえてきます。
もちろん、飯田でも焼肉にビールは定番ですが、酒宴が深まるにつれ熱燗を注文する声が…。飯田焼肉はホルモンの種類が多く、脂の旨みを味わう焼き方が中心。そこへ喜久水の“すっと消える後口”を合わせると、
口の中の脂分を流す
食事の邪魔をしない穏やかな香り
また次の一口がうまい(リセット効果)
という味の循環が生まれるようです。
喜久水の社員の方からも、「日本酒の酸性が焼肉の油を効率よく流す効果がありそう」との知見が。
ビールやサワーほど舌を冷たく占領せず、ワインほど香りが立ちすぎない。「味のリセット」と「旨みの継続」、さらに「余分な脂を流してくれる」が同時に成立する。これが飯田焼肉×喜久水の熱燗が合う理由だと考えられます。
旅の方にもぜひ楽しんでほしい、そんな南信州ならではの味覚文化です。

■喜久水社員さんおすすめ!“利き比べするならこの三銘柄”
――初心者の方にもわかりやすい、日本酒利き酒のための3銘柄!
今回は、あまりお酒に詳しくない方でも、利き酒が楽しめるようにと、初心者向けの3銘柄を社員さんが厳選してくださいました。
飲み比べてみると、多彩にそろう喜久水の酒の味のポイントが見えてくるはずです。
① 㐂久水 純米大吟醸(たかね錦・精米歩合35%)
まずは、日本酒の中でも最高ランクの品質を誇る純米大吟醸をひと口。
長野県産・たかね錦を35%まで磨いた純米大吟醸は、華やかな香りと、雑味のない澄んだ余韻が特徴です。
食事の最初に少量
盃でゆっくり味わう
ワイングラスで香りを楽しむ
そんな飲み方がおすすめですよ。

② 㐂久水 純米吟醸生原酒「初穂しずく(はつほしずく)」
続いては、今秋収穫された「南信州産たかね錦」の新米を使い搾ったばかりの新酒のお酒です。フレッシュな香りと米の旨味や甘味を感じる飲みごたえのある1本です。
温かい料理が並ぶ中盤に
日に日に変わる味わいも楽しめます
“今しか飲めない酒”のみずみずしさを堪能してみて。

③本醸造 にごり酒白貴天龍(しろきてんりゅう)
最後は、白い見た目のにごり酒。喜久水のにごり酒は、米の旨みを感じつつも重すぎず、飲み疲れしにくいのが特徴です。
日本酒に慣れていない方や、「今日はゆっくり楽しみたい」という人にもすすめやすく、飲み比べの締め役にも最適です。

■お年取りには喜久水の酒がなくては始まらない
――大晦日に飲む酒
「南信の正月は、12月31日から始まる」そんな言い方をされることもあるほど、この地域では大晦日の過ごし方が特別。ご馳走を食べ、いつもより、少しゆったり時間が流れる年末年始はとくに喜久水の酒を楽しむのにぴったりです。
「辛口・甘口」だけでは語れない、喜久水の酒の奥深さ。今年はお年取りの夕餉から家族とともに利き比べしてみてはいかがでしょうか。とはいえ、飲みすぎにはくれぐれもご注意を(笑)
■日本酒だけではない喜久水の酒
――注目は南信州産りんご100%で造るシードル
すでにご紹介した通り、喜久水の代表的な酒は、中央アルプス系の軟水を仕込み水に使い、地元産の酒米「たかね錦」「美山錦」で醸造した日本酒の数々です。そのほか近年は、りんごの酒・シードルの評価も大きく高まっています。
南信州産リンゴを使った「キクスイ シードル」シリーズをはじめ、シャンパンと同じ製法で造られた「N35 テロワール」やスペインのバスク地方にあるシードル醸造所とのコラボレーションシードル「バスクの風」など複数の銘柄を展開。国内コンペでの受賞歴も多数。また、米やそばを原料にした焼酎も手がけるなど、暮らしのさまざまな場面に寄り添う酒がそろっています。

■ 新ブランド「㐂久水(きくすい)」
――創業時につかわれていた喜という字の草書体「㐂」を復活せた
2024年、創業80周年を迎えた喜久水酒造は、新たなブランド「㐂久水(きくすい)」を立ち上げました。掲げるのは、「最後の一杯まで美味しく」という実直な思想。食事の流れを邪魔しない酒を目指すという考え方です。
南信州の水と米、そして長年培ってきた酒造りの技を土台に、風土と食文化を未来につなぐ酒を目指す。それが「㐂久水」ブランドの核にあります。

■ 㐂久水アイテムのラインナップの一端をご紹介
――1,000円以下~1万円越えまで。限定酒を含め11種類、20アイテムの酒がそろう
【㐂久水 純米大吟醸】南信州の素材と技を凝縮した、ブランドの頂点
【酒データ】
原料米:南信州産 たかね錦
精米歩合:35%
アルコール分:16度
容量:720ml/1,800ml
たかね錦を35%まで磨き上げた純米大吟醸。透明感のある香りと、すっと消える余韻が印象的な㐂久水の最高峰。
【㐂久水 純米吟醸】食事とともに真価を発揮する1本
【酒データ】
原料米:南信州産 たかね錦
精米歩合:55%
アルコール分:15度
容量:720ml/1,800ml
低温でじっくり醸した純米吟醸。穏やかな吟醸香とふくらみのある旨みが、食中酒として心地よく寄り添います。
【㐂久水 吟醸】喜久水らしい“すっきり感”を最も感じる定番
【酒データ】
原料米:南信州産 たかね錦
精米歩合:60%
アルコール分:15度
容量:300ml/720ml/1,800ml
キレのある後口と軽やかな飲み口。冷やしても燗でも楽しめ、料理の味を引き立てる一本。
【㐂久水 純米】※2026年発売予定
日常に寄り添う、次のスタンダードへ
【酒データ】
原料米:南信州産 たかね錦
精米歩合:65%
アルコール分:15度
米の旨みをしっかりと感じられる純米酒。中央アルプス水系の伏流水が生むやわらかさが特徴。

■ 「㐂久水」は限定流通ブランド
――温度管理を徹底した通好みのブランド
「㐂久水」は、品質を最後まで保つため限定流通を採用しています。蔵元から配送、販売店まで温度管理を徹底し、“造って終わり”ではなく、飲まれる瞬間までを酒造りと考える姿勢が貫かれています。80年続く酒蔵が、あえて流通を絞る。そこに、喜久水酒造の覚悟が感じられます。
■購入できる店舗と蔵見学
――各種日本酒はもちろん、シードル、焼酎、限定酒もそろう
直営ショップ「翠嶂館(すいしょうかん)」では、限定酒や季節商品を購入可能。また、酒造りの様子をビデオで見たり、一部のお酒を試飲することも可能です。
オンラインショップでは全国配送にも対応しています。https://kikusuisake.co.jp

■ かつて、飯田の酒は“日本一”と呼ばれた時代があった
――酒の町として名を馳せた土壌から生まれた酒蔵・喜久水 (各蔵統合以前の時代)
ここからは、飯田の酒文化と昭和の快進撃、そして喜久水酒造の歴史について迫ってみたいと思います。
小林郷人編著『飯田の商勢三百年』(1959、信濃郷土出版社)は、昭和7(1932)年6月に出版された『下伊那案内』の記述として、飯田を「左利きの土地」と紹介しています。“左党(=酒好き)”という古い言い回しに由来したこの記述からは、飯田が酒をよく嗜む土地柄であったことが伺えます。

さらに同書で興味深いのは、当時の飯田の酒造りが、日本有数の酒どころ・灘に対抗するほど積極的に経営されていた、と記されている点。
「灘何者ぞとばかり鋭意醸造上に苦心経営の結果、努力は年次報いられ、今日に於いては先輩諏訪を抜き関西を蹴散らして長足の進歩をなし、名もなき飯田の町が一躍銘醸地として酒のため注目されるという奇なる現象を呈するに至ったは蓋し天下の奇観である。」
(意訳)(兵庫県の)灘の酒造りに負けるものかと努力し続けた結果、諏訪を超え、関西の酒どころにも引けを取らないほど急成長し、当時の飯田は“酒の町”として注目される存在になっていた──という意味です。
時代の言葉遣いも相まって、当時の痛快な“飯田の酒の快進撃”が目に浮かぶようです。この記述は飯田下伊那にあった各酒蔵の統合前、各店がしのぎを削っていた時代のもの。飯田の酒造がいかに勢いを持っていたのかが伝わってきます。
現在の飯田はどちらかといえば関東圏との結びつきが強く見えますが、歴史をたどると、かつては飯田が要所として栄え、明治期には関西方面の玄関口の役割を担い、飯田の特産として清酒や生糸、和傘、材木など多く出荷していたことがうかがえます。
こうした地域性と歴史を踏まえると、飯田の酒が、国内有数の酒の産地である関西圏へも出荷され、なおかつ飯田は昔から“酒との距離が近い土地”であったといえるでしょう。

■戦時下、飯田下伊那の37の酒蔵が1つになった
――企業統合の苦難
昭和19(1944)年、戦時下の企業整備令によって、飯田下伊那地域に点在していた37の酒蔵は、1つの会社として統合されました。このような企業の統合は、当時は日本各地の様々な業界で行われていました。終戦後、分裂し復活したり、企業合同を解消したりする事例も多くあったようです。
実は、飯田下伊那でも統合は決して円満なものではなかったことが、資料から読み取れました。蔵ごとに酒質も、誇りも、経営の考え方も違う。
「なぜ一緒にならねばならないのか」
「自分たちの酒はどうなるのか」
各地で起きたのと同じような軋轢や対立は避けられなかったようです。それでも、飯田下伊那の酒蔵たちは、1つになる道を選び、今日まで1つの蔵として続いています。
・喜久水の名前の由来
「キクスイ」の酒銘の由来は、企業合同以前の市内の酒造家に遡ります。
慶応2(1866)年の第二次長州征伐の際、飯田藩士が楠木正成公のご墓所(兵庫県・湊川神社)へ一対の石灯籠を寄進し、その折に賜った楠公(楠木正成公)の分霊が、飯田市内の酒造家に安置されました。これを機に、楠公の家紋でもあった「菊水」を、この酒造家が酒銘として用いたと伝えられています。明治期になると、「菊」が天皇家の御紋であることへの配慮と敬意から、同じ字を用いることを避け、「喜久水」と表記を改め、酒の名として使用されるようになったという説が有力です。
時は下り、昭和19(1944)年の企業合同により「下伊那酒造株式会社」が設立されました。その際、投票により代表銘柄を決めたそうですが、明治の頃より市内の酒造家が用いてきた由緒ある酒銘「喜久水」を引き継ぐかたちで、酒造りが続けられることになります。
昭和26(1951)年には、代表銘柄である「喜久水」の名を冠し、「喜久水酒造株式会社」へと社名を変更し、現在に至っています。

■ 大火を越えて続いた喜久水酒造
――統合後、分裂しなかった飯田の酒蔵
昭和19年の合併後は、現在の様に拠点を1軒にまとめてしまったわけではなく、飯田下伊那の各地にあった酒蔵を使いながら、酒造りを続けていた喜久水酒造。つまり、会社は1つですが、蔵は飯田下伊那にいくつか蔵を所有している状態でした。
そのため昭和22年、飯田の大火のときには損害を免れず、喜久水で管理していた蔵は何軒か焼失してしまったそうです。
他の地域では、危機に際した折、一度は統合した酒蔵が再び分裂する例も少なくありませんでした。しかし喜久水酒造では、「元の蔵に戻る」という選択はあえて取られなかったのです。一緒に困難を乗り越え、飯田市街地の復興を盛り上げていこう――。そうした機運が高まり、酒蔵は“一つの蔵”として歩み続ける道を選びます。
その決断が、現在まで続く喜久水酒造の姿につながっています。
■丁寧に、着実に積み重ねてきた喜久水の80年
――飯田の食卓とともに
喜久水酒造は、80年という時間を「1つの蔵」として歩んできました。その時間の積み重ねが、今もなお地域に根を張り続け、南信州の食卓や冠婚葬祭や生活の一部として自然と並ぶ酒であり続ける理由になっているのだと感じます。
■まとめ
喜久水酒造の酒は、ただ「辛口」と語られる存在ではありません。
超軟水・猿庫の泉と同系統の中央アルプス山系の伏流水が生むすっきりとした後口、飯田焼肉をはじめとする南信州の食とともに磨かれてきた味の循環、そして37の蔵が1つになり困難を越えてきた歴史。そのすべてが重なり合い、今の喜久水があります。
土地の食文化と人の営みの中で育まれてきた酒だからこそ、日常の食卓にも、祝いの席にも自然と寄り添うことができる。飯田の暮らしとともにある一杯を、この年末年始でゆったり味わってみてはいかがでしょうか。
参考文献
林 英寿(2002)『酔墨山房記 続篇』南信州新聞社出版局
長野県地理学会(2022)『年報 長野県地理』第41号
小林 郷人 編著(1959)『飯田の商勢三百年』信濃郷土出版社
※昭和34年8月8日発行
喜久水酒造直営店翠嶂館
住所/〒395-0807 長野県飯田市鼎切石4293番地
電話番号/0265-22-2300(代)
営業時間/(平日及び通常営業日)9:00~16:00、(土曜・祝祭日)10:30~15:30 ※土曜・祝祭日の営業は日直者対応
定休日/日
駐車場/あり
※公式ホームページはこちら
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※この記事の内容は 2025年12月時点 の情報です。営業時間やメニューなどは変更となる場合があります。